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8度目の3月11日

早いもので今年も、3月に入りました。

つい先日、新年会で盛り上がっていた様な気が…

本日3月9日は晴天なり。なんだか春を感じてきます。

このような日々が続くと気持ちも上がります♪

 

 

私達にとって、3月というのは特別な月となっております。

あと、二日ほどで震災から8年を迎えようとしています。

社長の方にも連日、コメントや文章のご依頼が沢山寄せられます。

今回は、その中の一つ関西の取引先様の情報誌掲載用の一文を

載せさせて頂こうと思います。

 

 

 

 

震災から8年目を迎える今 総被害が最も大きい私どもの地域では、

鉄筋三~四階建て災害公営住宅が建ち並ぶが当地域長屋作りの仮設住宅の

全面解消までは後1年上、4~10mの防潮堤、高盛道路の完成は平成34年の予定。

原発事故・放射能は、犯罪。犯罪なら加害者と被害者がいる。

真綿で首を締め付けるような目に見えない不安と実害で棄民とも言える政府や

社会の対応だという方もいます。
対して地震津波は、訴えるべき誰もいない、自己責任でもない、高齢者が戦中の

空爆の後だという惨禍の喪失感、関連死含め全域で22000人の生命が失われ

宮城県石巻市中心二市二町20万人のエリアで6000人の死者。大なり小なり被災者は、

心に大きな傷を負った。
現場には崩壊、喪失、神のみぞ知る生と死を分けたその時間が心の奥深く未だ残っている。

震災では、多くの課題が表面化している。日本全体で皆さんと地続きにある課題が

被災地に凝縮されていると言われる。高齢化・介護・過疎化・貧困・所得格差・

孤立孤独・児童虐待・いじめ・育児放棄・ドメスティックバイオレンス・引きこもり

・不登校・精神障がい・鬱病・自死・犯罪・生活困窮者支援不足・孤独死・

隣近所やコミュニティ-崩壊・・・
経済では、石巻地域で5000人以上の雇用で200社と言われた水産加工業者は、

再建を断念し或いは補助金で工場再建したものの新たに発生した長期の借入の返済が

始まり昨夏からだけでも何社も破産・倒産。震災前の売上げに戻った会社は30%台という現実。
売上げ激減に加えて借入返済、原料高・人手不足・賃金上昇・物流費や資材価格高騰が拍車をかける。

土木建設中心で復興という名のもとに大きな予算(国税)がばらまかれ遠くは九州・大阪・

和歌山から多くの業界業者が被災地に入り続け見違えるように変わりつつある街並みとは裏腹に

表には見えない光も当たらない暗い部分はどんどん深く拡がっている気がする。
因みに最大被災地の石巻広域圏(20万人)では防潮堤・避難道路・災害公営住宅でさえ未完成。
オリンピックへの人出や機材の流失。

当地の大学教授が2011年震災時に3歳の子供たちの追跡調査をし続けてきた。
不登校で全国ワ-スト1の宮城県、特に多い当地域で8年になろうとしている今、

小学校4~5年生の子供たちの不登校率は凄い数字になっていると言われる。
3歳児にとって、大好きな両親が復旧に必死になり時に沈んでいる目の前で、

いい子になり泣くことも駄々をこねることも甘えることも抑えその子も必死に

日々を生きてきた。大人はそれを見て「いい子だ」「けな気だ」とその子がどんなに

自分を抑えて生きているか、思い至る余裕もなかった。仮設住宅の小さな部屋に親の

DVや貧困や虐待・いじめ・育児放棄・享楽、放心、無気力・傷んだ精神を目の前に

遊び場もなく辛さを表現するすべもなく居場所もない子供たちの中に拡がりつつある

こころの暗部に手を差し伸べる余裕はなかったと言える。
生きづらさ、居場所のなさ、寄る辺なさに打ちひしがれた子供たちの姿は、

もしかしたら被災した我々大人の姿かも知れません。
お金を必要以上に稼ぐことを大義とすり替え、美化し、夥しいウソが公然とまかり通り、

「今だけ自分だけお金だけ」が胸を張って肩で風を切り競争だし世の中厳しいし甘くないと

「弱者」を切り捨てる。それでいいと本当は誰も考えていなかったが、今はその大きすぎる

流れに疑問を呈する人は、少なくなり未来の孫子の情態まで考える人も少ない。

被災地では、それに気づき新たな布石を打とうと「光が当たらない、見えないところにしっかり

光を当てる、自ら光を作る、特に人の心に絡む様々な復興に挑戦する」多くのNPOが、

或いは地域の有志や定住した支援ボランティアが、他の地域の支援団体が被災地の

(もしかしたら今の日本の)多くの課題解決に立ち向かって知恵を出し続けている。
子供の遊び場作り・親を失った子供のケア・児童虐待育児放棄児童のファミリ-

(養護)施設・ニート引きこもりの就労支援・生活困窮者の支援・学習支援・子ども食堂

・地域の祭り再生・小学校のグル-プ学習・子供のお絵描き教室・

それは、考えられないくらい大変な活動だし山あり谷あり紆余曲折、悩みに悩み

筆舌を尽くしがたい日々だと思う。「お金で買えないこと、お金に換えられないこと」は

資金や給与や色々な経費など経営上問題も多く先が見えない時もあるだろう。

しかし ここは被災地、悼ましい悲痛と痛すぎる思いを経験し、人の痛みを我がことに

することを学んだあの避難所暮らしがあり、全国から集まって頑張れと背中を押してくれた

ボランティア達の一杯の思いがこころの底に刻まれている。
ここは被災地 課題解決に挑戦する沢山の団体や個人に心から共感共鳴する人たちが沢山いる。

行き詰まった人がいれば、その人が行く場がありただ黙ってそばに座ってくれる人もいれば、

話を聞いてくれる人も、共に涙を流してくれる人もいる。ここは被災地。

「自分と向き合う」「正直と素直にと向き合う」

 

きれいごとではない、後付けでかっこうがいい言葉を並べ立てている訳ではない、あの震災は何だったのか。
児童74名(教師10名)が命を失ったが、それは災害や防災という視点で語るには、あまりに
も・・・
圧倒的な何かを私たちに問いかけてくる。

何年も何十回 通っても、何百回 言葉にしてもとらえることができない、圧倒的な現実に

言葉はむなしく自分自身の中の深いところにある、何かに厳しく突き刺さってくる。

2011年6月 工場を再開するか悩み続けた。結果「ここ被災地で必要とされる会社になる」

「会社のスタッフにも必要とされる会社になる」「スタッフは、ここで必要とされる人間になる」・・・
会社とスタッフは「力になり笑顔になり、自ら光になる」と新工場落成式の2013年7月に誓ったことは忘れない。
自分だけ、お金だけ、今だけという特にここ被災地で、人の痛みを思いやりやさしさを忘れないという

当社のスタッフに変わっていったのは、全国からの多くの支援者の思いと、被災者が持った

厳しい経験がそうさせたのかも知れない。
しかし何より 苦しみながらも自分と向き合う年月が、そういう選択をさせたと考えたい。

当社はそのきっかけを提供しただけ。すてきな組織が出来上がっていることを自慢したい。

そして三年前からの構想だった野菜加工場の建設と引きこもりの若者たちの就労支援で日々の

作業を通じて並走しながら、彼ら彼女たちと支援してきた当社のスタッフがもっと深く人間的に

変わっていくことになる。お金では買えない、お金に代えられない、大事なものを身に着け続けている。

夢は少しずつ手繰り寄せている。地域への拡がりで、工場に来れない若者たちが、障がい者施設や

篤農家の農業のお手伝いをしながら自分たちの野菜を作り、ならば無農薬、無化学肥料を目指し、

作物は加工工場の別の仲間たちが買い取り開発や加工をし、販売する。

その日々の作業では手が痛くなり立ち仕事で足が張り、若者たちは時に休み、午後から帰り、

或いは午後からしか出社できず、或いは長期に休みながら、振り返りシ-トに本音を書き出し始めた。
しかし本音の奥の心の揺らぎやささくれには、当然ながら自ら触れようとしない。
毎日の作業や会話で、開かずの扉の奥が垣間見れるまで、当社のスタッフと若者たちの日々の

事ごとのどろどろしたかっこ悪い悩みは、きっと可能性を作っているんだとある詩に気付かされた。
野菜加工場は、目的であり手段だとこの一年 スタッフが悩みながら頑張ってきたが、

振り返ればこの一年は当社のスタッフを変えて何より若者の笑顔や言葉や日々を変えて

自己肯定を増やし「そうだね!楽しい一年だった」と。

冷凍加工「茶豆」「ニラ」を有難うございます。頑張ります。

遠いですが、心の復興が決してかっこうが良くなくこんな地道ですが、

お近くに来られることがあればぜひお立ち寄りください。

有難うございました。

 

 

2019年3月9日

株式会社高橋徳治商店 代表取締役 高橋 英雄                                       

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