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素晴らしい光に・・・

 

今年の3月11日で東日本大震災から

11年を迎えました。

そこで当社代表には全国の生協様より

数多くのコメント・文章依頼がございました。

今回はその中の1文章を原文のまま掲載いたします。

(常総生協 News Letter 3月1回号より)

 

<避難所のユートピア>

世話人を買って出た私が避難所で見たことは、社会的に弱い人たち、

幼児、子供たち、障がい者、病人、高齢者、精神的にダメ-ジを

受けた人であり家族を失った男女でした。

電気もない、薬もない、暖房器具もないことに加え
食事や水も着替えもないことを何人かの女性中心のグル-プが

出来て進んで解決する流れが出来ます。

そして次に弱者のその個人的な心にどう寄り添っていくかの

話し合いも始めます。避難所にいた見知らぬ人たちは、

全員が多かれ少なかれ被災し涙も出ない真っ暗な気持ちを抱えながら、

ボロボロになった人も入って ひとり一人の弱者が元気になってと

沢山の「知恵」を出し合いました。たった一人の笑顔がみんなの

笑顔になり体をよじる大きな笑いになっていく、その大笑いは

もしかしたら出てこない涙だったかも知れないなと思うことがあります。

私のユ-トピア体験です。
そんなことが出来る会社やスタッフや私になれたら、

自らが元気になり周りも笑顔になる、人の痛みを理解し支え合い会社も変わる

・・・私に「思い」が芽生え始めます。

 

<「事業」と「思い」の「両輪」があるとしたらどうだろうか?>

事業復旧は当然だと周りの経営者は血眼になっており、事業をする

意味などそんなことを考えるのは復旧にブレ-キをかけることだ、

と頭の片隅にもないのが当たり前だと言うこと、常識だよって言われました。
しかし、震災前って本当に事業的に健全で尚且つ存在する意味も

あったんだろうか?と悩むことになります
・・・・そしてここで真に必要とされる会社になるんだ、

そして何もなくなったからこそ、こころのふっこうをと

「思い」を積み上げてきたと言えます。

 

 

<引きこもりの若者たちと出会う>

 

当地で1000人は下らないと言われる引きこもりの若者たちの

背景を知ることになるが、DV、児童虐待、育児放棄、貧乏、格差、

不登校、引きこもり、いじめ、リストカット、自殺未遂、付けられると

安心する精神病名と投薬、津波で家族を亡くす、家庭内問題、パワハラ、

震災後の荒廃や惨状などその背景は、二重三重の責め苦で心を閉ざすのに

十分すぎる過去や今を持っていました。
震災はそれに拍車をかけていた、ふと考えると私自身も会社のスタッフも

被災し心に同じモノを持ちながら心の奥に押し込めていた。

色々な方に学び考え、経験もない手仕事の野菜加工場を作ることに繋がって行く。

116年の水産の加工会社が「練り製品の工場」の他に「野菜(青果)加工場」

を作り手探りで二つの社会的課題にかっこうよく(笑)挑みました。

青果農産物の価格と品質、そして篤農家としてプライドを取り戻す、

二つ目は地域の引きこもりの若者を加工するスタッフとしたことです。

借り入れも増え引きこもりたちも作業は遅い、失敗も続くし悩みも多く休む、

落ち込む。

でもその「事業と思いの両輪」を合わせて「一輪車」、ひとつにしようと考えたのです。

たかが冷凍青果加工品ですが、「社会的課題を解決する商品」で事業と思いを

二つ一緒にしてヨロヨロ・・・

迷路・ため息・壁や困難は、その度に復旧半ばの私たちを何度も打ちのめしました。
3月で4年になります。6名が入社しその内2名が正社員になってまだ赤字です(笑)

が支援ではない・福祉でもない・社会的貢献でもなく慈善事業でもない、

私たちが真摯に学んでいく、今の私たちを映す鏡になっている彼らから

学びを止めない「事業」。

 

<私たちが変わると若者も変わる好循環>

 

石巻広域圏で1000人は下らない引きこもり達は ここを居場所にする為に

NPOと組んで訓練生で受け入れ「ここにいていいんだよ」でも

「あなたたち自身が作る居場所」になる為に 手探りで
お天気以上に日々変わる(笑)一人ひとりにしても4年を経て彼らの笑顔や元気が

私たちの滋養栄養です。彼らの笑顔元気は家族に灯りを点け近所にも野菜加工場に
もたくさん集まり灯りが増えて本体の練り物工場にも広がり始めました。

何よりも「その人(彼ら)の身になって(よ~く)考える」ことで逆に私たちは

沢山の学びを得てきたのです。人を思う会社スタッフたちは増えていて彼らの

家庭にも思いが流れ始め互いを考え始めてます。不思議なんです。

「 たやすく涙を流せるならばたやすく痛みもわかるだろう、

けれども人には笑顔のままで泣いてる時もある」

「命の別名」歌詞ページ。作詞:中島みゆき 
私は、特に震災後 自分を顧みて、この歌詞を思うことが多くなりました。

笑顔の奥の涙を見る。
ただひたすら真摯に傷を抱えた彼らに向き合う、深いところで私自身と向き合うこと、

気づきを得て私が変わっていくと 彼らもまた変わっていける。

翻って皆さんの生協では もう一度、組合員の足元の声を見聞きする場が

必要な時じゃないかと考えています。
弱者という言い方でないにしても悩ましい課題を持っているはずです。

私の周りにも生きづらさを抱えた若者たちや不登校の子供がいるし、

虐待やいじめ、コロナ下で特に女性にしわ寄せがきている貧困、生活困窮、

追い詰められた人たち、老老介護、障がい者やその家族、過大なストレスを

抱えた人もいるし何より個々が分断され心が傷ついています。

そんな社会的弱者に今の社会が投影されていると悩ましい気持ちでいます。

風通しよく悩みを語り合い信頼できる仲間で知恵を寄せ合う、解決できなくとも

聞いてもらえただけで悩んでいるその人は楽になるはずです。

気づき学びが大切です。それは人の為だけではなく 自分の為にもなって行きます。
その根っこは、人の痛みを(我がこととして)理解し、物心とも助け合うスピリッツです。

「社会の課題は、家庭や個々人にも現れてきています、

つまりその一人一人は社会そのものです。こんなひどい社会なんだと」

組合員自身が「生協に入った」理由を思い出してください。

そして今この生協は皆さんにとって「必要なんですか?」と

何年も前の総代会で発言しました。
ここの課題から考え派生して出た「命を守る生協」というスロ-ガンでは、

もう一度個々の課題に周りの人のことに立ち返って見ませんか?

生産者も共に考え議論し 商品そのものを単に売り買いだけでもいい、

しかしもう一度見直してみませんか?
必要とされる生産者として紙面に生産者の考え、現場、現状と未来を語り

何より商品を磨く。企画提案する意味も少し深堀してみる、時間はかかり

ますが必ず売り上げは付いてくるはずです。

震災時に「私たちはお金はないが知恵がある」と話したのは当時の

理事長の村井さんでした。知恵は行動に移さねばただの知恵、

行動に移したときに初めて知恵が生きる。
いち早くシンチレ-ション放射能検出器を導入し、食品の放射能測定・

あいコープ福島の母親の母乳検査活動、そして今でも続くが自分たちで

栽培した和綿を種を取りべビ-布団を同じ福島に贈呈、東海第二原発訴訟、

関東子ども健康調査支援基金の立ち上げ、2015年茨城常総水害支援活動は

続いているがそれは命を守るという基本理念がしっかりしていなければ知恵も

出ないし行動にも生かせない。
そして皆さんは 何を得たでしょうか?損得じゃないです!それは分かりますが、

行動して自分は何か変わったでしょうか、どんな気付きをもったでしょうか、

変わった自分を発見したでしょうか。それは家庭や地域や生協に対して

どんなこととして表せたでしょうか?

忙しい生活の日々 コロナもありふと感じる虚しさで個人の心が揺れて乱れ、

余裕がなくどこか渇いている人は少なくないと思う。不登校の子供たちの理由は

不安だったりやる気がないということが殆どを占めているそうで

(大人)社会を反映しているとも考えられます。
〇〇しなくてはに潰されないように、もう一度、自分にとって大切な

「私は〇〇したい」を探してみませんか?
皆さん一人一人がこの生協であり 素晴らしい光になれると信じています。

再会を楽しみに・・お元気で。

 

 

株式会社 髙橋徳治商店  代表取締役 髙橋 英雄

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